東京地方裁判所 平成2年(ワ)1199号 判決 1993年1月28日
原告 有限会社協和商会
右代表者代表取締役 慎城友芳
右訴訟代理人弁護士 三野研太郎
同 大堀昭二
被告 古関愛子
右訴訟代理人弁護士 栗原勤
被告 谷口時夫
右訴訟代理人弁護士 浜口武人
被告 太田勝春
右訴訟代理人弁護士 内田成宣
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 被告古関愛子は、別紙物件目録記載の土地についてなされた別紙登記目録(一)記載の登記の抹消登記手続をせよ。
二 被告谷口時夫は、別紙物件目録記載の土地についてなされた別紙登記目録(二)記載の登記の抹消登記手続をせよ。
三 被告太田勝春は、別紙物件目録記載の土地についてなされた別紙登記目録(三)記載の登記の抹消登記手続をせよ。
第二 事案の概要
一 原告の主張
1 原告(原告会社)は、昭和六一年五月二八日別紙物件目録記載の土地(本件土地)を前所有者富士興産株式会社から買い受け、同年六月一四日所有権移転登記を受けた。
2 本件土地については、被告古関愛子のために別紙登記目録(一)記載の登記が、被告谷口時夫のために別紙登記目録(二)記載の登記が、被告太田勝春のために別紙登記目録(三)記載の登記が、それぞれなされている。
二 被告らの主張
1 原告会社の取締役岡本祐彦は、平成元年六月一三日、原告会社のためにすることを示して、被告古関愛子に対し、本件土地を代金二〇〇万円で売却した(本件売買契約)。
2(一) 岡本祐彦は、有限会社法二七条により原告会社の代表権を有していた。
(二) 仮に慎城友芳が原告会社の代表取締役として選任され、その旨の登記がなされていて岡本祐彦に原告会社を代表する権限がなかったとしても、
(1) 慎城友芳は、日本語がよく解せないことから、予め岡本祐彦に原告会社の業務執行権限を包括的に与えていた。
(2) 仮に与えていなかったとしても、岡本祐彦は取締役の名称を使用して本件売買契約をしたのであるから、原告会社は、有限会社法三二条によって準用される商法二六二条により、岡本祐彦に代表権がなかったことを知らなかった被告古関愛子に対し、責任を免れることができない。
(三) 仮に然らずとするも、
(1) 慎城友芳は、岡本祐彦に本件売買契約を締結する代理権を与えていた。
(2) 仮に与えていなかったとしても、
ア 慎城友芳は、岡本祐彦に原告会社の代表取締役印及び印鑑証明書を所持させていたのであるから、同人に本件売買契約締結の代理権を与えた旨を被告らに表示したものというべく、原告会社は、民法一〇九条により本人としての責任を免れない。
イ 仮に然らずとするも、慎城友芳は岡本祐彦になんらかの代理権を与えており、被告古関愛子は、岡本祐彦が原告会社の取締役であることから同人が本件売買契約についても代理権を有するものと信じたのであるから、原告会社は、民法一一〇条により本人としての責任を免れない。
三 原告の再主張
被告古関愛子の代理人である邱乾臺は、岡本祐彦に代表権がないことを知っていた。
第三 当裁判所の判断
一 証拠(<書証番号略>、証人邱乾臺、同岡本祐彦、原告代表者、弁論の全趣旨)によれば、次の事実が認められる。
1 慎城友芳は中国に生まれ、昭和二〇年一月に来日し、横浜市で飲食店を営んでいたが、昭和五八年七月に日本に帰化した。慎城友芳は、現在、日本語の会話にも不自由を感じる状態で、日本語の読み書きはほとんどできない。
2 原告有限会社協和商会(原告会社)は、昭和四八年七月に設立された会社であり、土木建築の売買、仲介、斡旋の業務等を登記簿上の目的とし、本店を横浜市中区初音町三丁目四六番地におき、その代表取締役は英一雄、取締役は岡本祐彦及び橋中政之であったが、英一雄が昭和五八年三月に死亡したため、その後は取締役である岡本祐彦が原告会社を運営していた。
3 岡本祐彦は、昭和六一年春ころ、かねて知り合いであった慎城友芳に対し原告会社への参加をもちかけ、運転資金を出して欲しい旨依頼し、同女はこれを了承した。
4(一) 原告会社は、昭和六一年五月二八日ころ、別紙物件目録記載の土地(本件土地)を前所有者富士興産株式会社から代金二〇〇万円で買い受け、同年六月一四日所有権移転登記を受けた。買受交渉は岡本祐彦が行なった。
(二) その際、慎城友芳も個人で隣接地二筆を購入した。
5 岡本祐彦は、昭和六一年五月三一日に慎城友芳を原告会社の代表取締役に就任させ、同年七月一九日にその旨の登記を経由し、同時に、原告会社の本店を同女の住所である横浜市中区柏葉三六番地に移転し、また、原告会社の事業目的に飲食業、金融業等を追加した。
原告会社の代表取締役に就任した慎城友芳は、自ら原告会社の代表取締役印、本件土地の権利証等を保管していた。
6 その後、原告会社は不動産業、金融業を行なっていたが、前記のとおり慎城友芳は日本語の読み書きができず、また病気がちであったため、専ら取締役である岡本祐彦が実際の業務執行にあたり、慎城友芳は岡本祐彦にこれを任せていた。
7 しかし、岡本祐彦と慎城友芳とはその後昭和六二年ころから仲たがいの状態となり、岡本祐彦は原告会社の業務執行をしなくなって、原告会社は事実上活動を停止していた。
8(一) ところで、岡本祐彦は、本件土地が慎城友芳の代表取締役就任前に購入されたものであり、その購入にあたっては慎城友芳はなんら金銭的負担をしていないと考えていたことから、平成元年四月ころ、かねてからの知人である邱乾臺に対して、本件土地を買ってくれるよう申し込み、邱乾臺が内縁の妻被告古関愛子名義で買い受けることを了承したため、同年六月一三日ころ、邱乾臺との間で、売主を原告会社、買主を被告古関愛子とし、代金を二〇〇万円とする売買契約を結んだ(本件売買契約)。岡本祐彦は、右売買契約の締結に際し、原告会社の代表取締役である慎城友芳の承諾を得ることをしなかったが、しかし、原告会社の取締役として本件売買契約を締結した。
岡本祐彦は、本件売買契約締結に際し、前記のとおり、本件土地の購入にあたって慎城友芳はなんら金銭的負担をしていないから本件土地を売却するについて同女の承諾を得る必要はないと考えており、加えて、当時原告会社の代表取締役印を慎城友芳が所持していて、同女とは前記のとおり仲たがいの状態にあったため、かって自己が原告会社の業務執行をしていた際に慎城友芳の了承を得て何枚かまとめて作成用意しておいた、売主欄に「有限会社協和商会 横浜市中区柏葉三六番地 取締役岡本祐彦」との記名があり代表取締役印が押捺されていた売買契約書用紙の一枚をそのまま使用し、改めてこれにつき慎城友芳の了解を得ることなく、これに所要の事項を記入して、本件土地についての土地売買契約書(<書証番号略>)を作成した。
(二) また、これより先、岡本祐彦は、所有権移転登記手続のために、右同様かって作成していた印鑑証明書交付申請書を使用して平成元年四月二七日に横浜地方法務局において原告会社の代表取締役の印鑑証明書(<書証番号略>)を入手し、また、委任者欄に「有限会社協和商会 横浜市中区柏葉三六番地 代表取締役慎城友芳」との記名があり代表取締役印が押捺されていた委任状用紙を使用して司法書士に対する登記手続のための委任状(<書証番号略>)を作成し、更に、白紙に「横浜市中区初音町三丁目四六番地 有限会社協和商会 取締役岡本祐彦」と記名されて代表取締役印の押捺されていた用紙を使用して、保証依頼書(<書証番号略>)を司法書士に作成してもらうなどした。
(三) 本件売買契約締結の当時、邱乾臺は、岡本祐彦が原告会社の取締役であることを知っており、同人に本件土地を売却する権限があるものと信じて買い受けたもので、他に代表取締役が選任登記されていることは知らなかった。
(四) 邱乾臺は、右平成元年六月一三日ころ売買代金二〇〇万円の一部を岡本祐彦に支払い、同年七月五日ころに残額を支払って、同年七月二九日、原告会社から被告古関愛子に対する別紙登記目録(一)記載の所有権移転登記を受けた。
9 その後、本件土地は、邱乾臺(所有名義は被告古関愛子)から関原愼に、関原愼から被告谷口時夫に、被告谷口時夫から被告太田勝春にそれぞれ売り渡され、関原愼のために甲府地方法務局都留支局平成元年八月五日受付第四四四五号所有権移転登記が、被告谷口時夫のために別紙登記目録(二)記載の登記が、被告太田勝春のために別紙登記目録(三)記載の登記が、それぞれなされている。
以上の事実が認められる。
二 そこで、判断するに、
1 平成元年六月一三日ころ、本件土地について、原告会社の取締役岡本祐彦と買主邱乾臺との間で本件売買契約が結ばれたことは、右8(一)に認定したとおりである。
2 被告らは、岡本祐彦は有限会社法二七条により有限会社である原告会社の代表権を有していた旨主張するが、原告会社については取締役慎城友芳を代表取締役として定める旨の登記がされているのであるから、岡本祐彦に原告会社を代表する権限はなく、被告らの右主張は採用することができない。
3 また、被告らは、慎城友芳は予め岡本祐彦に原告会社の業務執行権限を包括的に与えていた旨主張するが、慎城友芳と岡本祐彦とが仲たがいの状態となった後もなお岡本祐彦に原告会社の業務執行権限が包括的に与えられていたものとは認め難いから、被告らの右主張も採用することができない。
4 しかしながら、前認定のとおり、岡本祐彦は原告会社の取締役であり、本件売買契約にあたり、原告会社の取締役として、かつ、取締役の名称を使用表示して、これをなしたものであって、買受人たる邱乾臺も、岡本祐彦が取締役であることから本件土地を原告会社のために売却する権限があるものと信じて買い受けたものであるから、そうとすると、原告会社は、有限会社法三二条によって準用される商法二六二条の類推適用により、買受人邱乾臺に対し、本件売買契約による責任を免れることはできないものというべきである。けだし、有限会社においては、数人の取締役があるときでもその各自が取締役という資格において単独で会社を代表する権限を有するのが法律上の原則であり(有限会社法二七条)、取締役に加えられた代表権の制限を知らなかった善意の第三者は保護されるべきであるからである。
三 以上のとおりであって、原告が本訴において抹消登記手続を求める各登記はいずれも有効なものと認められるから、原告の本訴請求は失当として棄却を免れない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 原田敏章)
別紙 物件目録
所在 都留市境字條ケ尾
地番 一六五四番二
地目 山林
地積 四四一四平方メートル
別紙 登記目録(一)
甲府地方法務局都留支局平成元年七月二九日受付第四二五三号所有権移転登記
登記目録(二)
甲府地方法務局都留支局平成元年八月五日受付第四四四六号所有権移転登記
登記目録(三)
甲府地方法務局都留支局平成元年一二月一五日受付第七四八二号所有権移転登記